Oyanecoのティータイム

本と読書にまつわる雑感。たまに映画。

『雲は湧き光あふれて』~ 甲子園未満の高校野球 ~

『雲は湧き、光あふれて』

『エースナンバー 雲は湧き、光あふれて』

『夏は終わらない 雲は湧き、光あふれて』

須賀しのぶ 

集英社オレンジ文庫

 

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一部のマニアや関係者以外の人にとって、高校野球は甲子園で華々しくプレーしている球児のイメージかも知れませんが、甲子園に到達できず散っていった野球部にももちろんドラマがあります。

 

本書は三部作です。埼玉県立三ツ木高校野球部が万年地区大会1回戦敗退から躍進する様子が選手、監督、マネージャー、スポーツ記者それぞれの人物の視点で描かれています。

 

コントロール抜群で頭脳明晰なエース、センスの塊だが性格に難のある出戻り内野手、元気者の女子マネらの下で本気で弱小野球部が猛特訓の末に成り上がっていく.....。みんなが大好きな鉄板ストーリーです。 脇を固める他のキャラの設定も秀逸。奇跡的に甲子園に出場できましたなどという安直なオチにはせず、地区大会レベルの試合にどれだけ彼らが本気でやっているかを一つ一つのプレーを丁寧に描きながら表現しているところが素晴らしいです。

 

三冊のタイトルに共通する「雲は湧き、光あふれて」は、全国高校野球選手権大会歌「栄冠は君に輝く」の歌い出しの一節です。1冊目に同名の短編が収録されていて、こちらは戦時中に大会が中止となり甲子園でプレーできなかった選手たちを主人公にした読み切り作品となっています。

 

全ての野球ファンの方にオススメしたい、野球愛とロマンがいっぱいの素敵な作品です。

 

『明るい夜に出かけて』 #アルピーann

『明るい夜に出かけて』 

佐藤多佳子

新潮社

 

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私がラジオを一番よく聴いていたのは中学1年生の頃です。学校が終わって、夕方ふと時間ができた時につけたラジオでたまたま出会った番組をずっと聴いていました。種ともこ大江千里の番組が好きで、曲をカセットテープに録音して次の週まで(その後もずっと)聴いていました。夜は「クロスオーバーイレブン」という番組を聴いてから寝ていました。深夜ラジオというジャンルは未知の世界でしたね。

 

『明るい夜に出かけて』はラジオリスナーの物語です。しかもかなりガチな。

 

主人公は20歳男、富山一志(かずし)。大学1年目のある出来事をきっかけにメンタルを病んで休学し1年間限定で一人暮らしをしながらアルバイトをしています。幼いころから男女問わず人に触れられると不快感が強すぎて、頭が真っ白になってしまうというこじらせ男子です。バイト先は深夜のコンビニ。トミヤマはAMラジオのリスナーでハガキ職人(しかも結構読まれる)。彼は深夜ラジオ、「アルコ&ピースオールナイトニッポン」を唯一の心の支えにしています。

トミヤマが病んだきっかけに一枚かんでいる高校からの友人で同じラジオオタクの永川、バイト先の先輩で歌い手の鹿沢(かざわ)、コンビニに突如現れるリスナーで凄腕職人の佐古田(さこだ、JK)。この3人がトミヤマの理解者となります。自分より職人として上のはずの佐古田に尊敬され、鹿沢に謎に構われトークのネタ提供を求められるなどして戸惑いながら、トミヤマは彼らとの新しい関係性に半ば強制的に巻き込まれ、やがて自分の変化に気づいていきます。

 

コミュ障を自称する主人公が、新しい出会いを通じて無意識に精神的な社会復帰を遂げる姿が清々しい。佐藤多佳子の手になる男子の自分語りも秀逸。

 「世界から色が無くなる感覚」で心療内科医に薬を出されても、ラジオを聴いているときは笑っていられるから自分は病気だと思わなかった、薬で治るような病気ならむしろ簡単だ、というくだりは確かにそうかもなと思わされました。

マチュアであっても、好きなものに対しては本気だ!という矜持を持っていることが結果的に自分を救うことになるところも良かったです。あと、コンビニの店長が地味にツボです。

 

トミヤマの佐古田に対する想いは決して恋愛らしい描き方はされていませんが、コンビニに遊びに来てくれないとモヤモヤしたり、素材がかわいいのに身なりに無関心な佐古田を連れまわして可愛く「改造」してしまったり、やっぱり恋なんだろうなと。ラスト以降、二人がどうなったのかを想像するのも楽しいです。二人でタッグを組んでプロジェクトを企画したりしてほしいな~。

 

個人的にめっっちゃ好きな作品で、表紙を開くと何度でも読んでしまう本です。ラジオの描写は詳細でかなりマニアックですが、ストーリーはリスナーじゃなくても十分楽しめます。

 

 

人生は読み返したい本に出合う旅

いろいろな本を読みたいけど、好きな本を読み返している時間も好き。次どれ読もうかと迷っている時間はもっと好き。

 

実際、自分が限られた人生の時間で出会える本の数は限られている。その中で読み返したいと思える本はさほど多くない。本を読んで再読したいと思える確率は、自分の場合は約30%。たくさん本を読みたいという欲を満たしながら好きな本を読み返すことと両立できたら、読書好きとしてこれ以上嬉しいことはない。

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写真:Pixabay

 

さて、今日は何を読もうかな。

『娼年』

娼年

石田衣良

集英社文庫

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娼婦(夫)+少年 = 娼年

秀逸なタイトル。背表紙に「しょうねん」とルビがある異例の装丁。娼年はすなわちcall boyです。

 

20歳の大学生リョウは大学に行かずにバーテンダーのアルバイトをしている。初体験も早かった彼は女性にも飽きて空虚な雰囲気を漂わせていた。ある日、友人のシンヤ(ホスト)がバーに連れてきた年上の女性 御堂静香。彼女はセックス上手をアピールするシンヤではなくリョウに目を付ける。静香は女性専用の高級男子デリヘルのオーナーだった。あなたのセックスの値段はいくら?という挑発に乗るようにして静香の目の前で女性を抱くリョウ。やがてリョウは静香のもとで女性たちの相手をするように。リョウは静香を慕うようになり、結ばれることを願うが彼女にはある秘密が....

 

女性が若い男性を買うという設定の斬新さ。女性が主体的に性体験を求めていくことをタブーとしないしなやかさ。初めは戸惑いながらも、自分のセックスで内面をさらけ出していく女性たちを目の当たりにするうちセックスワーカーを天職と覚えるリョウの開眼を石田衣良はオサレな文章で美しく描き切っています。

 

セックスビジネスを語るとき、現場にいる人への配慮はどうしても必要になるしその人たちの仕事観も一様ではないだろう。『娼年』ではリョウがセックスビジネスを肯定的に捉え、顧客である女性たちの人間性を年齢にかかわらず可愛いと感じる感性と知性があるため、女性の性が解放されるかのようなさわやかな印象を与えている。ただ、リョウは桁外れの報酬を受け取りながらも生活のためにこの仕事をしているわけではなく、顧客の女性たちは高額を支払って関係を求めるほど性に対して意識が高いわけで。リョウをさげすんだり傷つけたりする顧客もいない。それって冷静に考えたら俺得ではないか。

逆に女性のセックスワーカーはおそらく顧客から丁寧に扱われることばかりではないだろうし、やむを得ずその仕事を選択せざるを得ない人もいるだろう。必然的に、リョウのような視点はなかなか持ちえないのでは。

 

松坂桃李主演の映画も、観ましたよ、ええ。静香は舞台『娼年』の高岡早紀の方がよかったんじゃないかな~...真飛聖が何かゴツかった。セックスの描写はね~、あまり気持ちよさそうじゃなかった。見るのがいたたまれないっていうか。そうじゃないもっと優しく触ってほしいな~なんて思ってしまって早く濡れ場が終わってほしかった(なのに濡れ場しかない映画 - -;)。友人(女性)と観たんだけど、二人で疲れ果ててしまったよw

『違国日記』〜コミュ障三十路美人作家と子犬系JCの訳あり同居の話〜

『違国日記』

ヤマシタトモコ

祥伝社

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コミックスは、絵とストーリーそれに世界観が自分好みじゃないと買わない(2/3を満たしていれば買ってしまうこともあるが)。意外とそんな作品は少ないがその点『違国日記』はドストライクで。既刊5巻。

 

少女小説家の高代槙生(まきお)は一人暮らしの自宅で執筆をしているが、両親を事故で亡くした姪の中学生、朝(あさ)を後見人として引き取ることになる(ほとんど勢いで)。槙生はいい年をして人見知りだが、適度に空気を読んでくれる朝とはそれなりにうまくやっていけそうだった。

朝はとても悲しいはずだが間隔が麻痺しているのか泣くことも出来ず、とりあえず新しい生活に順応しようとする。槙生はそんな姪を気遣いつつも、自分の自尊心を傷つけてきた亡姉(朝の母親)の言動がフラッシュバックしてきて苦しくなったり、他人が生活空間にいること自体にストレスを募らせていく。小さな衝突を繰り返しながらも日々大人になっていく朝と、外の世界とバランスを取りながら未熟な大人なりにこちらも成長していく槙生だった....

 

巻頭の死亡事故以降は何でも無さそうな日常が綴られていくが、槙生と朝の感情や二人暮らしの生活感を細やかに表現している絵と言葉が素晴らしい。槙生の繊細さと知性に共感し、朝の幼さの混じる素直さを愛しく感じたり。槙生を訪ねる友人たちが朝に対しても構えずに交流する場面は羨ましいほど。

 

私が好きな槙生のセリフ:

「わたしは大体不機嫌だし あなたを愛せるかどうかはわからない

でも わたしは決してあなたを踏みにじらない」

「あなたは 15歳の子供は こんな醜悪な場にふさわしくない

少なくともわたしははそれを知っている もっと美しいものを受けるに値する」

 

背景の景色が細かく書き込まれておらず、多分つとめてラフな感じのタッチも好み。いい年をして人見知りで、きちんきちんと物事を片付けられない槙生に自分自身を見るようでした。独りが好きでいることは決して恥じることではないと励まされる気持ちになります。

 

 

『カジマヤー(風車祭)』〜魂と過ごした夏〜

『カジマヤー(風車祭)』(上・下)

池上永一

角川文庫

 

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沖縄のことが知りたい!という気持ちから手に取りました。沖縄と言っても地域性が多彩ですね。本書は八重山諸島石垣島が舞台。池上栄一氏は石垣島出身で、琉球の世界観をベースに小説を書く方です。

 

主人公の比嘉武志は高校生。バスケ部に所属するごく普通の少年ですが、近所のトミオバァを慕って家に入りびたるなど人懐っこいところがあります。トミは善良な老婆ですが、彼女の祖母フジはブッ飛んだ人で誰もが眉をひそめるような倫理感皆無な言動を常としています。フジは長寿に執着し、カジマヤー(97歳の祝祭)をすることを念願としています。

ある日、武志はとある霊場で自分の魂である「マブイ」を落としてしまいます。「マブイ」とは人間本人の潜在意識がアイデンティティを帯びた魂のようなもの。マブイを落としても人間は一見普通に生活できますが、霊感のあるユタに「マブイ込め」をしてもらいマブイを肉体に戻さないと遅かれ早かれ肉体は衰え死んでしまいます。

武志は廃屋で盲目の美女マブイ、ピシャーマと出会い一目惚れ。彼女は嫁入りの日に大津波に遭うも死に損ない、島を228年間さまよっている存在。かなわぬ恋と知りながら、武志は思いを募らせますがピシャーマのお伴をしている妖怪豚ギーギーは武志に恋をしてしまい邪魔をしようとします。

島にはある不吉な惨禍の前兆がみられ、ピシャーマはそれに気づき何とか武志やフジを通じてそれを島民に知らせようとしますが....。

 

八重山諸島の歴史、伝承や島唄、神事に導かれて物語は進みます。巻末の参考文献が膨大!この小説は、さながら民族誌の役割をも果たしているかのよう。

 

あらすじに書いた人物のほかにも、たくさんの濃~いキャラクターたちが登場します。それぞれが重要な役割を演じ、結果として回収されない伏線は無くすべてがラストにつながっているところに池上永一の力量を感じました。

 

島の雰囲気を存分に味わえる素敵な作品でした(語り口はあまりお上品ではないです)。

 

この本で覚えた島言葉:

チュラカーギー:美人

ヤナカーギー:不美人

ワジワジーする:イライラする

フラー:ばか

ユクシー:うそ

アギジャビョー:あれまあ

デージ:大変

グソー:天国

 

おもしろーい。自分の世界が広がった気がします。

 

 

『愛がなんだ』を読んでみた

『愛がなんだ』

角田光代

角川文庫

 

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角田光代。好きでも嫌いでもない作家。と言うほど読んでもないか。映画化作品を観ようか迷って結局公開が終わってしまい(このパターン多い)、原作を読んでみた。結果、角田光代が好きになったから読んでよかったな、と。

 

さえない20代OLのテルコ。友人のパーティで意気投合した田中守(以下マモちゃん)と惹かれあうも、ある日部屋を追い出され、呼び出されれば飛んでいく都合のいい女になっていた。それでもいいと割り切り、嫌われないようにそっけないふりをしつつマモちゃんから連絡があれば万難を排して会いにいくことを繰り返すテルコ。親友の葉子は、それはナメられてる、サイテーの男だよとテルコに正論を言うが自分も中原という年下男子を同じように扱っていた。

ある日マモちゃんが清潔感のない三十路女すみれさんにガチ恋をし、それを知ったテルコは複雑な気持ちに。すみれさんの出現を境に葉子と中原の関係にも変化が生じる。テルコは戸惑いながらもやがてある意味吹っ切れ、マモちゃんにつながっていられる道を模索する....

 

いやぁ、何だろうこのリアル感。角田光代は恋が愛を経て成就しなかった場合、執着に変化をとげることを見事に描き切っている。

 

自分はテルコのように、steadyになってくれない相手に固執した経験はない。自分に惹かれてないのに連絡をしてくるような残酷さが相手に無かったからかもな...。それはそれでよかったのだな。捨てられるのはつらかったけど、忘れることができたから。

 

結局映画もレンタルして観た。成田凌いいね。イケメンすぎないから(←失礼)、マモちゃん役がはまってる。

 

また読み返したい作品。そういう作品にもっと出会いたい。