Oyanecoのティータイム

本と読書にまつわる雑感。たまに映画。

The Unconsoled『充たされざる者』

The Unconsoled

Kazuo Ishiguro

FABER&FABER

f:id:Palohaha:20191107115218j:image

カズオ・イシグロ氏の作品を初めて原書で読んでみました。

な、長い。ハヤカワ文庫で出ている翻訳の方を見ても、日本語で読むのも躊躇する分厚さ。イシグロ氏の文章って、原書だとどうなんだろうという好奇心から読み始めてしまったことを後悔しました.....。何とか読み終わって良かった。

 

イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞されてから読者になった自分はミーハーな部類に入るかもしれません。『日の名残り』『私を離さないで』は日本語で読みました。目の前で展開されるかのような詳細な描写と緻密な文体。小さな出来事の連続から導かれる意外なラストが好きです。

 

主人公Ryderは著明なピアニストで、ヨーロッパのとある地方都市に招かれて来ています。不思議なことにRyderは自分がなぜどういった縁で、何をしに来ているのかよくわかっていません。ただ、出会う人々が口々に 'Thursday evenig' を楽しみにしている、と言うのでそこで自分は演奏をするのだろうと何となく思っています。

 

普通ならホテルの自室でくつろいだり演奏の準備をして過ごすところですが、Ryderはあまたの熱心な誘いを断れず、市民たちの積年の悩みや人間関係のもつれに否応なしに巻き込まれていきます。なぜか出張先のこの町に住んでいる妻Sophie、息子Borisと義父Gustav、ホテルの支配人Hoffman氏、元有名指揮者で今はアル中のBrodsky氏の件を軸に時間は過ぎていきます。

こんなにあちこちでいい顔をして時間をつぶして当日の演奏は大丈夫なのか、どこでもいいからピアノに触れたい、とRyderも焦ってきます。常に紳士らしく人々に対応することを心がけていますが、イラっとして失礼な態度をとってしまうことが徐々に増えてきます。気取った文章がかえって笑いを誘う...。

 

この町の人々の悩みの細かさや自意識過剰さは異常(これが人間というものなのかもしれませんが)。物語が後半になるにつれそれらは人々の人生を左右するほどに重さを増してきます。ヘトヘトになりながらも真剣に向き合い続けるRyder。

そして何と、全くステージで演奏やスピーチをすることがないままにThursday nightは明けてしまい。Ryder自身がとらわれていた呪縛とは、そして彼が負っていた責務とは。仕事に大義を見出す男が見出した事と失ったものとは。伏線を完全に回収とはいきませんでしたが、それなりに晴れ晴れとしたラスト。

 

翻訳の紹介にある「実験的作品」ていう意味はよくわからなかったな~。